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鉄道コレクション 南海6000系2次車
2012年 09月 09日 (日) 21:45 | 編集
さて、9月1日より一般販売の開始された南海6000系ですが、今回のプロトタイプは2次車(貫通扉窓大、正面窓大)となっています。
で、72両いるうちどれが2次車なの?という疑問に対しては公式ブログが
6003+6802+6820+6004
6005+6803+6821+6006
6007+6804+6810+6008
のステッカーを封入しています、ということで一応の答えが出ていますが、もうちょっと細かく調べたので結果を備忘に書いておきます。
なお、ネタは主に鉄道ピクトリアル1979年10月臨時増刊号南海電気鉄道特集です。
結論から言えば、2次車をメインとした編成は上記3本しかありません。

1.1次車 cM+T+Mc
 昭和37年度の6001+6801+6002が1次車。1本のみ。

2.2次車
 昭和38年度の3編成が2次車です。cM+T+Mc
6003+6802+6004
6005+6803+6006
6007+6804+6008

3.3次車以降
 昭和39年度以降の増備車が3次車以降、ということのようです。

4.新造以降の2次車の動向
①昭和41年度以降の新車はナンバープレートの地がそれまでの青から緑に変わりました。以降他車も順次緑色化、とあります。ということは、少なくともこの時期まではナンバープレートの地は青だったということになります。

②昭和43年に6911が新造され、6007+6911+6804+6008(cM+Tc+T+Mc)となりました。

③昭和44年 6820・6821が新造され、6003+6802+6820+6004、6005+6803+6821+6006(cM+T+T+Mc)となりました。中間車の年度による仕様差は特に無いようです。

④昭和45年に6911が方向転換されました。その後、この6911が6007と編成を組んでいたのか、別の中間車が挟み込まれたのかは資料からは読み取れませんでした。

⑤昭和48年に編成組み換えが行われ、6007+6804+6810+6008となりました。
6810は昭和42年に6019+6810+6020として登場し、昭和43年には6019+6912+6810+6020となっていたものです。6019の編成は昭和48年の組み換えで6019+6910+6909+6020となっていますので、T車とTc(cT)車は単純な交換ではなく、複数の編成をまたがって組み替えられたようです。

5.その他
①パッケージの写真はcM+cM+Tcに見えるので、昭和39年登場当時の6009+6010+6901のようです。翌年にはcM+Tc+Mc(6009+6901+6010(2代目))に組み替えられているので短期間しか存在しなかった編成です。貫通扉窓の位置からも分かるように、これは2次車ではありません。紛らわしいですね。

②一般に、6000系の前面側面方向幕取り付けは冷房化と同時に行われていますが、6013~6014、6029~6030、6035~6036の3編成は昭和51年~52年の複線化対策工事と同時に行われているようですので、そのうち販売が予想される方向幕付きのボディに今回の非冷房屋根、という組み合わせもあることになります。

③冷房化は平成元年までに完了、新塗装化は平成4年からの施策なので、非冷房車の新塗装は存在しないようです。

以上、自分用の調べものでした。
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C82頒布物についてのお詫び
2012年 09月 02日 (日) 21:51 | 編集
C82にて頒布いたしました「毒モバマス」の内容に誤りがありました。
作中に野々村そらが石川県の振興について言及する場面がありましたが、文章担当者の勘違いによる不手際でした。
正しくは真鍋いつきを石川県出身アイドルとして登場させる予定だったのですが、未確認のまま野々村そらで文章を書いたものが最終確認されることなく作画されてしまいました。

深くお詫びし、再録の機会があった場合は差し替えを行いたいと思います。

今更ながらですがご報告申し上げます。
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